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1990年にAOCを取得したヴァケラス [ローヌ]

南部ローヌを代表するAOC(原産地統制呼称)はシャトーヌフ・デュ・パブ(Châteauneuf-du-Pape)です。1971年にAOCを取得したジゴンダス(Gigondas)はシャトーヌフ・デュ・パブとよく似たワイン造りに関するルールを採用しています。

ヴァケラス(Vacqueyras)はジゴンダスと同じように長い間、広域AOCであるコート・デュ・ローヌ(Côtes du Rhône AOC)に属していました。ヴァケラスという独自のAOCを取得したのは1990年です。ジゴンダスと同じように、ワイン造りのルールはシャトーヌフ・デュ・パブのルールに似ています。赤ワインはグルナッシュ(Grenache)、シラー(Syrah)、ムールヴェードル(Mourvèdre)を主体にした赤ワインを造っています。

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1971年にAOCを取得したジゴンダス [ローヌ]

南部ローヌの村、ジゴンダス(Gigondas)は赤とロゼのAOC(原産地統制呼称)です。ロゼの生産量は数パーセントで、メインは赤です。ジゴンダスにはダンテル・ド・モンミライユ(Dentelles de Montmirail)という標高600メートルほどの山があり、ぶどう畑はこの山の裾野に広がっています。

ここで造るワインは、グルナッシュ(Grenache)を80%以上、シラー(Syrah)とムールヴェードル(Mourvedre)をどちらか、あるいは合わせて15%含むことがルールになっています。

ジゴンダスのフルボディ赤ワインはシャトーヌフ・デュ・パプのワインに匹敵する品質を持つと言われます。しかし、知名度の点でジゴンダスはシャトーヌフ・デュ・パプに劣ることは否めません。「教皇の新城館」を意味する名前だけでも、シャトーヌフ・デュ・パプには強い印象があります。

ジゴンダスは良いワインを造るものの、長い間、広域AOCであるコート・デュ・ローヌ(Côtes du Rhône AOC)に属していました。1966年に同じ広域AOCでも少し格上のコート・デュ・ローヌ・ヴィラージュ(Côtes du Rhône-Villages AOC)に引き上げられ、ジゴンダスという独立したAOCを取得したのは1971年です。

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ミュスカで造る天然甘口ワイン [ローヌ]

ミュスカ・ド・ボーム・ド・ヴニーズ(Muscat de Beaumes de Venise)はVDN(vin doux naturel)を造っているAOCです。

VDNは発酵途中のワインにブランデーを加えて造る酒精強化ワインです。日本では「天然甘口ワイン」と訳されたりしています。

ミュスカ・ド・ボーム・ド・ヴニーズはミュスカというぶどうを使っています。ミュスカはマスカットのフランス語読みです。イタリアではモスカートという読みになります。

ミュスカ(マスカット)にはいくつかの亜種があります。日本で見るマスカットはマスカット・オブ・アレキサンドリア(Muscat of Alexandria)という大粒の白ぶどうです。VDNに使われているミュスカはミュスカ・ブラン・ア・プティ・グラン(Muscat Blanc a Petits Grains)という小粒の白ぶどうです。

ボーム・ド・ヴニーズ村はVDNのほかに赤、白、ロゼも造っています。赤ワインは以前はコート・デュ・ローヌの約90の村を含むAOC、コート・デュ・ローヌ・ヴィラージュ(Côtes du Rhône Villages)を名乗っていましたが、2005年に独立したAOC、ボーム・ド・ヴニーズを取得しました。

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グルナッシュでVDNを造るラストー [ローヌ]

南部ローヌのラストー(Rasteau)は2010年に赤ワインでAOCを取得しましたが、ヴァン・ドゥ・ナチュレル(Vin Doux Naturel、VDN)では1944年からAOCを名乗っています。

VDNは酒精強化ワインの一種です。酒精とはアルコールです。ワインはぶどう果汁が含む糖分を発酵によってアルコールと炭酸ガスに変えたものです。VDNは発酵途中で多くの糖分が残っている状態のときにアルコール(ブランデー)を加え、そこで発酵を停止させたワインです。発酵によってできたアルコールと外部から加えたアルコールとぶどう果汁が持っている糖分を含むワインです。

ヴァン・ドゥ・ナチュレルのヴァン(Vin)はワイン、ドゥ(Doux)は「甘み」、チュレル(Naturel)は「自然の」という意味です。ヴァン・ドゥ・ナチュレルはぶどうが持つ甘みを残したワインという意味です。

ラストーで使われている主なぶどう品種はグルナッシュ・ノワール(Grenache Noir)、グルナッシュ・グリ(Grenache Gris)、グルナッシュ・ブラン(Grenache Blanc)です。

VDNはラストー特有のワインではありません。ラングドック・ルーションにはたくさんのVDN生産地があります。南部ローヌのAOCではラストーよりもミュスカ・ボーム・ド・ヴニーズ(Muscat de Beaumes de Venise)の方がVDNの生産地としてはポピュラーかもしれません。

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ヴァンソーブルの赤ワインはGSM [ローヌ]

南部ローヌのヴァンソーブル(Vinsobres)は1967年に広域のAOCコート・デュ・ローヌ・ビラージュ(Cotes du Rhone Villages)の一部に組み込まれました。ビラージュは村という意味で、コート・デュ・ローヌ・ビラージュは多数の村で構成するAOCです。ヴァンソーブルが独立したAOCになったのは2006年2月です。

ヴァンソーブルは赤ワインのAOCです。ぶどう品種はグルナッシュ(Grenache)50%以上、シラー(Syrah)25%以上、補助品種としてムールヴェードル(Mourvedre)が使われます。これら3種類のぶどう品種による赤ワインは、フランス南部だけでなくオーストラリアなどでも造られています。3種のぶどう品種の頭文字をとってGSMと呼ばれたりします。

ムールヴェードルはタンニンの多く、色の濃いぶどうです。原産地はスペインです。ムールヴェードルの栽培に向く気候は、暑く乾燥する夏がある地中海性気候です。

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コート・デュ・ヴィヴァレのAOC発効は1999年 [ローヌ]

コート・デュ・ヴィヴァレ(Côtes du Vivarais)は少し前まで、ワインの生産地としてはほとんど知られていませんでした。1962年にVDQS(原産地名称上質指定ワイン)を取得、AOC(原産地統制呼称)に格上げされたのは1999年です。

赤、白、ロゼを造っていますが、全生産量の8割を赤が占めています。赤ワインの品種はグルナッシュ・ノワール(Grenache Noir)とシラー(Syrah)を主体に、補助的にカリニャン(Carignan)とサンソー(Cinsault)が使われています。

コート・デュ・ヴィヴァレもそうですが、フランスのワイン生産地にはコート(Côte、複数形はCôtes)やコトー(Coteau、複数形はCoteaux)が名前についているものがたくさんあります。コート(Côtes)もコトー(Coteau)も斜面うや丘を意味するフランス語です。コトーはコートよりも規模の小さい斜面または丘を指します。

古代ローマには「ワインの神バッカスは丘を好む」(Bacchus amat colles.)という言葉があったそうですが、フランスのワイン生産者も同じ考えのようです。

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AOC名を変更したグリニャン・レ・ザデマール [ローヌ]

グリニャン・レ・ザデマール(Grignan-Les Adhemar)は赤のほかに白とロゼもあるAOC(原産地統制呼称)です。以前はAOCよりも格下のVDQS(Vin Delimite de Qualite Superieure、原産地名称上質指定ワイン)でしたが、1973年にAOCを取得しました。

北部ローヌの気候は大陸性で、ぶどう畑はローヌ川に沿う東向きや南向きの斜面にあります。日当たりの良い斜面でないと、ぶどうが熟さないのです。一方、南部ローヌは地中海性気候で温暖なので、ぶどう畑は比較的平坦な場所に広がっています。

AOCグリニャン・レ・ザデマールは南部ローヌの北端に位置し、気候は大陸性気候と地中海性気候が入れ替わる場所になります。AOCは21の村を含み、ぶどう畑の面積は2800ヘクタールほどです。70弱のワイナリーで、多様なワインが造られています。

AOCグリニャン・レ・ザデマールは2010年以前はコトー・デュ・トリカスタン(Coteaux du Tricastin)というAOC名でした。ところが、2008年7月にトリカスタン原発(Centrale nucleaire du Tricastin)で大量のウラン溶液が誤って放出されるという事故が起こったことが原因で、2010年ヴィンテージからグリニャン・レ・ザデマールという新しいAOC名を採用しています。

AOCグリニャン・レ・ザデマールで造られるワインの約9割は赤です。ぶどう品種はグルナッシュ・ノワール(Grenache Noir)とシラー(Syrah)がメインで、補助的にサンソー(Cinsault)やムールヴェードル(Mourvedre)や カリニャン(Carignan)が使われます。

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18種類のぶどう品種を認めるAOCシャトーヌフ・デュ・パプ [ローヌ]

1870年代にアメリカ大陸から持ち込まれたフィロキセラという害虫によってフランス全土のぶどう畑が壊滅的な被害を受けた後、市場には水増ししたワインやラベルの記載とは異なる品質の劣るワインが出回りました。

こうしたワインを市場から追放することを目的に、シャトーヌフ・デュ・パプ(Chateauneuf-du-Pape)のワイナリー、シャトー・フォルティア(Chateau Fortia)のオーナーだったピエール・ル・ロワ(Pierre Le Roy)男爵は1923年に仲間とともにワイン造りに関するルールを策定しました。このルールはフランス・ワインを規定するAOCの原型になりました。

ワインに関するAOCを管理する組織としてINAO(Institut national de l'origine et de la qualité)が発足したのは、1935年です。ル・ロワ男爵らによるルール策定は、それよりも12年も前のことです。

AOCシャトーヌフ・デュ・パプで認められているブドウ品種は18種類もあります。ル・ロワ男爵らがルールを定めたとき、認められていたのは10種類でした。1936年にさらに3種類が追加されました。そして、2009年に5種類が追加され、現在は18種類になっています。

種類は18種類と多いのですが、栽培面積を見るとグルナッシュ・ノワール(Grenache Noir)、シラー(Syrah)、ムールヴェードル(Mourvèdre)の3種類で9割を占めています。

どうして、こんなに多種類のぶどう品種が認められるようになったのでしょうか? 最初の10種類はおそらく、当時のぶどう畑で栽培されていた品種をそのまま追認したのだと思われます。その後に種類が増えたのは、DNA鑑定などの技術が進んだ結果、従来は1つの種類と思われていた品種が実は2つの品種だったことによるようです。

AOCシャトーヌフ・デュ・パプのぶどう栽培面積は全体で約3200ヘクタール。ワイナリーの数は300を超えています。
 
シャトーヌフ・デュ・パプ.jpg 

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シャトーヌフ・デュ・パプはカストロ・ノヴォだった [ローヌ]

シャトーヌフ・デュ・パプ(Châteauneuf-du-Pape)というAOC(原産地統制呼称)には、シャトーヌフ・デュ・パプ、ベダリッド(Bedarrides)、クルテゾン(Courthezon)、ソルグ(Sorgues)という4つの村を含んでいます。

この地域のワインは昔は「アヴィニョンのワイン」(Vin d'Avignon)として知られていました。カストロ・ノヴォ(Castro Novo)という村がシャトーヌフ・デュ・パプと名前を改めたのは1893年のことです。1966年にAOCが認められたときに、村名はそのままAOC名に採用されています。「パプ」とは教皇です。シャトーヌフは「新しい城館」という意味です。シャトーヌフ・デュ・パプはフランス語で「教皇の新しい城館」という意味です。

シャトーヌフ・デュ・パプは、1954年にUFO(未確認飛行物体)飛行禁止条例を制定しています(条例は2007年に撤廃されました)。

シャトーヌフ・デュ・パプで主力になっているぶどう品種はグルナッシュ・ノワール(Grenache Noir)で、作付け面積の約7割を占めています。AOCのルールとしては、合計で18種類ものぶどう品種を使うことが許されています。

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シャトーヌフ・デュ・パプは教皇の新城館 [ローヌ]

西暦1000年ころから1300年ころまで西ヨーロッパ社会の封建制度が安定していたことを背景に、度重なる十字軍の遠征が行われました。十字軍の遠征は7回も行われましたが、カトリック教会に属する西ヨーロッパ諸国による聖地エルサレムの奪還はなりませんでした。相次いだ遠征の失敗はローマ教皇と各国の王との力関係に変化を生みました。教皇の権威が弱まり、遠征を仕切った王の権威が強まったのです。

13世紀末に教皇の地位に就いたボニファティウス8世(Bonifatius Ⅷ)は、各国の王は教皇に服従すべきであると宣言しました。教皇を最高権力者と考えるボニファティウス8世は、王権の拡大を図っていたフランス国王フィリップ4世(Philoppe Ⅳ)と衝突します。フィリップ4世はイタリアのアナーニという町でボニファティウス8世を捕らえてしまいます。

その後、財政的基盤も強化したフィリップ4世は、1309年に教皇庁をローマから南部ローヌのアヴィニョン(Avignon)に移し、教皇はフランス国王の監視下に置かれるようになりました。1377年に教皇はローマに戻りましたが、アヴィニョンにも別の教皇が立ち、教会大分裂という事態に陥りました。

アヴィニョンの北部にある村、シャトーヌフ・デュ・パプ(Châteauneuf-du-Pape)は直訳すると「教皇の新しい城館」という意味です。シャトーヌフ・デュ・パプはAOC(原産地統制呼称)の名前にもなっています。

教皇庁がアヴィニョンに移されて2代目の教皇だったヨハネス22世(John XXII)は、第2の住居としてシャトーヌフに要塞を建設、近辺にぶどう畑を開墾したと伝えられています。
 
南部ローヌ6.jpg

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